強い横なぐりの雨が降る日、通勤ラッシュ時間に電車に乗り合わせたときに悲しくなる光景のひとつが、背広姿の男性の膝下である。傘やコートで守り切れなかったズボンの膝下がぐじょぐじょになっている。この悲惨さに比べれば、スカート姿の女性のストッキングの泥はね汚れなど、乾いたときにさっとふけばいい分、はるかにましなのではないかと思う。ズボンの膝下の布切れは荒々しい自然や激しい運動とは相容れない、と気づかせてくれるのは、こんな雨の時である。実際、軍服では膝下の布をまとめるべくゲートルを巻くし、登山やゴルフで着用されるニッカボッカーズは裾口をしばったズボンだし、悪天候が多く足元も乾燥していないことが多いスコットランドのハイランド地方における正装は、膝丈巻きスカート状のギルドである。膝下の布が水分を含むと、見苦しいだけではなく運動を著しく阻む。膝下の布は、晴れ渡った平穏な近代都市生活にこそ似合う、優雅な布なのかもしれない。ズボンの膝下、たかだが五十センテそこそこの円筒型の布。実は、膝下がこの円筒型の布で覆われてしまうのは、長い男性服の歴史において比較的最近のできごとである。しかも、このできごとには革命の血のにおいがまとわりついているのである。穏やかな平和こそ似合う円筒型の布を必然たらしめたのが流血革命だった、というのはなかなか興奮する話ではないか。
第一印象で、相手に好感を持ってもらえれば、その後のコミュニケーションもスムーズにいく可能性がぐっと高まります。心理学の世界で「初頭効果」という理論があります。人に対する印象形成は、最初に与えられた情報に強く影響され、後から入ってくる情報は既に作られた印象を元に判断されるというものです。すなわち、中身で勝負する前に、「外見」の部分ですでに勝負は始まっているのですね。そのような「外見」の重要性がわかっているためか、一部の外資系企業では非常に細かいドレスコードがあると聞きます。私の友人が勤めていた外資系銀行でも、幹部に対してはアメリカ人上司の服装チェックが大変厳しかったそうです。一般的な日本人の感覚では、人の服装にとやかくいうなんて、という気持ちが働きますが、その実、日本人もしっかり見た目で判断しているのですから、それをはっきり指摘してくれるアメリカ人の方がむしろ思いやりがある、といったらいい過ぎでしょうか。少なくとも、「とりあえずスーツを着てさえいれば大丈夫」などということは決してない、ということは確かなことだと思います。
季節を問わず、昼間はダブルのフロックコートにトップーハット。それに準ずる正装として、前裾をうしろにかけて斜めに切り落としたモーニング・コート。夜はイブニングードレス・コート、すなわちテイル・コート(前はウェストの位置で切り、後ろは膝よりやや上の位置まで燕尾型に垂れ、裾はふたつに分かれた、いわゆる燕尾服)。公の場ではこういう正装をすることが、十九世紀後半のジェントルマンが守るべき「マナー」となった。それぞれを着る時間帯や合わせる小物類にまで、細かな決まりがあった。誰もが一見、似たような黒の装いになってきたからこそ、TPOに応じたドレスーコードを細部にわたるまできちんとおさえた着こなしができるかどうかが、フソエントルマン」の基準になっていたのである(ドレスーコード破りが喝采を浴びるのは、コードをおさえた上での爽快な反則であることが明らかである場合に限られる。昔も今もそれは変わらない)。しかも、この同じ時期、英国紳士たちはこのマナーをしっかりと携えて世界各地へ進出していった。